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あぎり「天然由来の成分です」

1 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 19:25:55.488 ID:Qrmg+Mfz0.net
ソーニャが初めてそれの存在に気づいたのは、仕事帰りの電車の中で、なにとなく外の景色を眺めているときだった。
電車はビル街をすぎて住宅地の中を走っていた。
夕空の下、見渡す限りちっぽけな家がひしめき、屋根の上に電柱やテレビアンテナが林立している。

その中に一本、避雷針が立っていたのだ。
先端が三叉になっているので避雷針だと思った。
ソーニャが通う学校の近くに病院があって、ひときわ高い建物の上に立っていた避雷針が同じ形をしていた。

だが、その避雷針は、そうした高い建物ではなく、普通の二階建て住宅の上に立っているのだ。
別に二階建ての家に避雷針を立てて悪いわけではないが、もともと落雷の可能性がほとんどないのだから、立てる意味があるとは思えない。
ソーニャはすこし考えた末、よほど住人が心配性なのだろうと、一応結論づけた。

2 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 19:30:38.584 ID:Qrmg+Mfz0.net
だが、それで心にひっかかりができたせいか、それから普通の家に避雷針が立っているのをけっこう見かけるようになった。
どれもみな、先が三叉になった同じ形の避雷針だ。
どうやら避雷針を立てるのがちょっとした流行になっているらしい。
もっとも、見かけるのはもっぱらソーニャの住んでいる町のあたりで、ほかのところにはあまりないようだ。

ソーニャの住んでいる町は、都心に近く、住宅地としてはいくらか高級なほうだが、大邸宅はあまりなく、だいたい同じ程度の家が並んでいる。
それだけに、住民はみななんとかして差をつけたいと思うらしく、風見鶏を立てたり、ガス灯風の外灯をつけたり、ドアにノッカーをつけたりと、ちょっとした工夫をこらす家が多い。
それと同じような感覚なのだろうとソーニャは思った。

3 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 19:31:56.452 ID:Qrmg+Mfz0.net
別の日。ソーニャは自宅に帰ろうと、学校から帰路についていた。いい天気の午後だった。
ソーニャは一介の学生である他に、とある組織から殺し屋として雇われている。
最近は毎日のように帰宅後の指令を遂行していたが、こうして仕事の予定もなくゆっくり帰るのは久しぶりだった。

ソーニャは仕事の都合でこの町に引っ越してきた。
もうしばらく住んでいることになるが、仕事が忙しいこともあってあまり地域になじみがない。

ゆっくり歩いていると、今まで特に気にとめなかった町の姿が目に映る。
ソーニャは、目につく店の一軒一軒を眺めながら歩いていった。

4 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 19:33:40.749 ID:Qrmg+Mfz0.net
ペット専用の美容院、花屋、焼き立てのパン屋、ひどく高価な陶器を売る店。
自家栽培のコーヒーショップ、手づくりの高級総菜屋、普通の家のように見える小さなフランス料理店。
オルゴールの専門店、フィットネスクラブ、サーフショップ、ゴルフショップ……

それらを見ていると、人々の生活がいかに豊かであるかが実感される。
ここでは、仕事をしているときとは違って、時間がゆっくり流れている気がする。

同じクラスのやすなという生徒が利用していると言っていた自然食品店もあった。
店先ではいかにももったいぶったように少量ずつ野菜を並べている。
豆腐や各種の加工食品も置いてあるようだった。

5 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 19:35:02.985 ID:Qrmg+Mfz0.net
その店から少し歩くと、ガチャガチャとガラス瓶や金属が触れ合う音が聞こえてきた。
何かと思ったら、前の方から一見ラーメン屋のような屋台がやってくる。

屋台を引いているのはソーニャの知っている人物だった。同僚のあぎりだ。
陽光に照らされた黒紫の長髪に、すらっとした肢体。屋台を引くその姿は彼女におよそ似合わなかった。

近づくと音の正体がわかる。
屋台の両側に長い鉄の棒が何本かくくりつけてあって、それがぶつかり合っているのだ。
その鉄の棒は、あの避雷針だった。
避雷針は三メートル余りあり、斜めにくくりつけてある。上のほうが三叉になっている。

6 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 19:35:52.021 ID:Qrmg+Mfz0.net
屋台はにぎやかな音を立てて、ソーニャの前を通り過ぎていく。
棚の中にたくさんのガラス瓶があって、それも互いにふれ合って音を立てている。
電線や工具、その他わけのわからないごちゃごちゃしたものも積んでいる。

避雷針を売って、取り付け工事もするらしい。
ソーニャがこれまでに見た避雷針は、みんなあぎりが売ったものなのだろう。

あぎりとは最近仕事で会うこともなかったが、こんなことをしていたのか。
あぎりが妙な商売で生計を立てているのは今に始まったことではない。
商売の邪魔をすることもないと思い、ソーニャは黙って屋台を見送った。

7 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 19:37:20.506 ID:Qrmg+Mfz0.net
翌日の昼休み。ソーニャの隣の席のやすなは、机の上に一人分の弁当を広げていく。
それらはすべて天然由来の成分だとか、自然、無添加といった言葉が冠せられる素材からできていた。

やすなは今、徹底して自然食品というものにはまっているらしかった。
野菜はすべて無能薬有機栽培のものだし、養殖魚や普通の鶏肉は、飼料に抗生物質が含まれているとかで口にしない。
加工食品はすべて無添加のもので、わざわざ取り寄せているそうだ。
また、衣料ももっぱら天然素材のものだという。

やすなが何かに触発され、妙なことをやらかすのはいつものことだが、今回の自然信奉は家族ぐるみでやっていることらしい。
やすなはソーニャの食事や着ているものにも、ことあるごとに口出しをした。

8 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 19:38:09.846 ID:Qrmg+Mfz0.net
ソーニャはやすなのそうしたこだわりが気にさわった。
非合理的な、一種の信仰に似たものが感じられるからだ。
しかし、向こうは健康のためという大義名分があるので、文句を言っても効果はない。

ソーニャも席につき、カバンから焼きそばパンとペットボトルのお茶を取り出す。
そして食事を始めようとしたとき、やすなの机の端に奇妙なガラス瓶があることに気づいた。
牛乳瓶より一回り大きいくらいの瓶で、下半分の内側と外側に金属箔が張ってある。
コルクの栓に金属棒が差し込んであり、その先から鎖が垂れて瓶の底についている。

ソーニャはそれをまじまじと眺めた。
なんの瓶か知っているような気がするのだが、なかなか思い出せない。

9 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 19:43:54.551 ID:Qrmg+Mfz0.net
「おい、その瓶はなんだ」

やすなは箸を止めた。視線を弁当からソーニャに、そして瓶の方に移す。

「これ? ライデン瓶だよ」

ライデン瓶……という言葉とともに記憶がよみがえってきた。
たしかそれは、瓶の内側と外側に張られた金属箔の間に電気をためる、もっとも素朴な蓄電器だ。

「なぜそんなものを。拾いでもしたのか」

「違うよ、ちゃんと買ったんだよ。あぎりさんから」

ソーニャは昨日のあぎりを思い出した。そういえばガラス瓶も売っていた。

「屋台で売っていたのか」

「うん。あぎりさんが、これに天然の電気を詰めて売ってるの」

10 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 19:45:08.231 ID:Qrmg+Mfz0.net
「天然の電気?」

「うん」

「なんだ、それは」

「空と地面の間を流れるのが天然の電気なんだって。わたしたちはいつも人工の電気に囲まれているから、ときどき天然の電気を体に感じたほうがいいんだって」

ソーニャは呆れた。

「あぎりがお前にそんなことを教えたのか」

「うん」

ソーニャは電気に人工も天然もないのだということをいって聞かせたが、やすなは納得がいかないようだった。

11 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 19:47:28.360 ID:Qrmg+Mfz0.net
「だって、電線でくる電気は交流だし、電気製品からはマイクロ波が出てるんだよ。電子レンジやテレビに囲まれていると、なんか体に悪いような気がするし」

「ばかなことを。非科学的だ。だいたいこんな瓶に入っている電気なんて、一度放電したら終わりだろう」

「うん。だから、電気は凧でまたとるの」

「凧?」

「それもあぎりさんが売ってるんだよ」

やすなはカバンから折りたたまれた凧を取り出した。
ビニール製の普通の西洋凧だ。だが、凧糸に細い銅線がより込んである。

12 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 19:48:59.006 ID:Qrmg+Mfz0.net
「こんなもので電気がとれるのか」

「空と地面の間には電位差があるんだって。一メートルごとに百ボルト高くなるから、これを上げれば簡単にとれるよ」

ソーニャは首をかしげた。雷雲から電気をとるということだろうか。
とするときわめて危険だ。いや、銅線が電線にひっかかっても危険だ。
死にたくなければその凧は上げるなとソーニャはやすなに忠告したが、やすなはふくれっつらをした。

「電気をとるなら、凧でなくとも下敷きをこすればだろう」

「だって、それじゃ天然の電気じゃないもん」

ソーニャはいらだちを抑えながら、どんな形で発生しようと電気にかわりはないことを再びいって聞かせた。
そして、もとはといえば、お前があまりに自然食品にこだわるから、そんなものに騙されるんだと小言をいった。

13 :軍艦大和 ◆YAMATODnkU :2015/10/31(土) 19:50:41.578 ID:wUecrG2M0.net
糞みたいな流れを阻止する男!
スパイダーマッ!!

14 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 19:51:10.071 ID:Qrmg+Mfz0.net
>>12は誤字ったので無しで

15 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 19:51:34.637 ID:Qrmg+Mfz0.net
「こんなもので電気がとれるのか」

「空と地面の間には電位差があるんだって。一メートルごとに百ボルト高くなるから、これを上げれば簡単にとれるよ」

ソーニャは首をかしげた。雷雲から電気をとるということだろうか。
とするときわめて危険だ。いや、銅線が電線にひっかかっても危険だ。
死にたくなければその凧は上げるなとソーニャはやすなに忠告したが、やすなはふくれっつらをした。

「電気をとるなら、凧でなくとも下敷きをこすればいいだろう」

「だって、それじゃ天然の電気じゃないもん」

ソーニャはいらだちを抑えながら、どんな形で発生しようと電気にかわりはないことを再びいって聞かせた。
そして、もとはといえば、お前があまりに自然食品にこだわるから、そんなものに騙されるんだと小言をいった。

16 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 19:52:41.291 ID:Qrmg+Mfz0.net
帰り道、ソーニャはまたガチャガチャという音が近づいて来るのを耳にした。
音のする方向に目をやると、やはりあぎりが屋台を引いていた。
あぎりは自分に近づいて来るソーニャを見て、屋台を止める。

「お前、ライデン瓶といっしょに凧を売っているそうだが」

「はい。それがなにか」

「危ないだろう。子どもが電線にひっかけたらどうするつもりだ」

やすなから聞いた話では、あぎりは近所の子どもたちにも瓶や凧を売り、やすなに話したことと同じようなことを吹き込んでいるという。

「凧はちゃんと開けた場所で上げるように注意していますので」

「子どものやることだぞ。死ぬのがあのバカだけならともかく、なにかあったら責任とれるのか」

17 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 19:53:43.983 ID:Qrmg+Mfz0.net
「そうですねえ」

あぎりは飄々とした態度を崩さない。

「雷雲の日に凧を上げて電気をとるなんて、自殺行為じゃないか」

「わたしの凧は、晴れの日でも電気がとれるようになっていますよ」

「お前も商売だからいろんなことを言うんだろうが、子どもに言うのはやめたほうがいいぞ」

「なにをですか?」

「天然の電気とかいうやつだ。子どもが信じてしまうだろう」

「信じていいでしょう。事実ですから」

「なんだって? お前は科学というものを知らんのか」

18 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 19:58:46.934 ID:Qrmg+Mfz0.net
「知っていますよ。わたしたち忍者は、昔から広い視点で科学というものを見てきました」

「なにを見ているというんだ」

「自然界にある電気です。大気と大地の間にはつねに電気が流れているんです。晴天のときもです。空気自体は絶縁体ですが、空気中にはイオンが含まれていますから。
 雲が出て電位差が大きくなれば、樹木の先などから先端放電が起きますし、雨や雪も電気を運びます。もちろん、この電気の動きの最たるものが雷です」

あぎりのゆったりとした喋り声が続く。

「わたしたちはこうした自然界の電気の循環の中で生きているんです。わたしたちにも生体電流がありますから、電気の循環が乱れると当然影響を受けます」

「なかなかの理屈だな。で、ライデン瓶の電気を体に流せば健康になれるというわけか」

「あれは電気について認識を深めていただこうとしているだけで、深い意味はありません。問題は雷です」

19 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 20:05:37.685 ID:Qrmg+Mfz0.net
「雷だと」

「この町では、このごろずっと雷が落ちていないんです」

あぎりはさぞ重大事のように言う。
ソーニャは記憶をさぐり、そういえばここ最近、大きな雷鳴に驚くといった経験がないような気がした。

「それがどうしたというんだ」

「それがたいへんなことなんです。電気の正しい循環が行われていないということですから、大地も空気も病んでしまっています。わかりませんか?」

「別になにも感じないぞ。雷がこないのも自然現象の一環なんだから、それでいいだろう」

「自然現象ではないんです。建物と舗装で地面をおおってしまったので、電気が流れなくなってしまったわけですから。雷を呼ぶ必要があります」

20 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 20:07:16.194 ID:Qrmg+Mfz0.net
ソーニャは首をかしげた。

「かりにそうだとして、どうやって雷を呼ぶんだ」

「避雷針をたくさん立てるんです。そうすれば空と地面がつながって、電気が流れるようになり、雷もやってきます」

「ふん、ばかばかしい」

「ほんとうのことです。ソーニャは避雷針の仕組みを知っていますか」

「当然だ」

避雷針は地面にアースされて、落雷の電気を地面に流す仕組みになっている。
だから、空と地面をつなぐという表現はあたっていなくもない。しかし、それで雷が発生するとは―――

21 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 20:08:34.739 ID:Qrmg+Mfz0.net
「もともと避雷針は雷を呼ぶものなので『招雷針』とでも呼ぶべきなのですが、私の避雷針は特製で。招雷効果を大きくしてあるんです」

「どういうふうに特製なんだ」

「それは企業秘密ですので」

「ふん、いい加減な」

「とにかく、この避雷針が雷を呼ぶことは確かです。もうすぐ証明できますよ」

あぎりはそれから、雷がこなくなったために都市の人々がいかに病んでいるかという話をした。
彼女にいわせるとノイローゼや犯罪のほとんどが、電気が循環しなくなったせいだというのだ。

22 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 20:09:52.406 ID:Qrmg+Mfz0.net
ソーニャはあぎりの話をさえぎった。

「お前な、そういうふうに人を脅かして商売するのはどうなんだ」

「本当のことを言ってるだけですよ。裏の仕事よりはずっと健全です」

「それはそうだが……あんまり目立ってやると、警察にしょっぴかれるぞ」

ソーニャがつっかかる形で二人はしばらく話し、あぎりは最後に

「とにかく見ていてください。もうすぐこの町もきれいになりますよ」といって、立ち去った。

23 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 20:11:19.521 ID:Qrmg+Mfz0.net
あぎりはいっそう商売に熱を入れ始めたらしい。町に避雷針がしだいに増えてきた。
ということは、この町にあぎりの話を信じる人がそれだけ多いということだ。

ソーニャはばかばかしくなった。
この町の住人は(一人の馬鹿を除けば)けっこう教養の程度が高いと思っていたのだが、そうでもないらしい。

避雷針、凧、ライデン瓶といえば、ベンジャミン・フランクリンの時代だ。
このコンピュータ時代に完全に逆行している。

やすなが見たと話すテレビ番組によると、この町に限らず雷が少なくっているというのは事実だそうだ。
しかし、たいしたことではないだろう。天気というのはいつも移り変わっているのだ。

24 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 20:12:24.915 ID:Qrmg+Mfz0.net
また日が経ち、避雷針はますます目につくようになった。
まさかソーニャにあてつけているわけではないだろうが、やすなやソーニャの暮らす地域にとくに多いように思える。

そしてソーニャは、夜中に遠い雷鳴を聞くことが多くなった。
もっとも、避雷針の効果ではなく、たぶん、これまで聞き流していたのが、意識にのぼるようになったということだろう。
あるいは、単に夏が近づいているということかもしれない。

そしてある日の朝、やすなはスマホで撮られた一枚の写真をソーニャに見せてきた。
写真に写っているのは、やすなの家の屋根。そこには空を背に避雷針が立っていた。
避雷針を取り付けた記念写真だとやすなはいった。

25 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 20:13:48.501 ID:Qrmg+Mfz0.net
「あぎりの話には乗るなといっただろう。いくらで買ったんだ」

「買ってないよ。無料なんだから」

「無料だと?」

「うん。工事費も全部」

「どういうことだ」

「あぎりさんは、できるだけたくさんの家に避雷針を取り付けたいんだって。うちには特別に長いやつを取り付けてくれたんだよ」

写真をよく見ると、鉄棒が継ぎ足してあって、確かにほかで見る避雷針より二倍ほどの長さがある。
ソーニャは首をかしげた。あぎりの意図がよくわからない。

26 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 20:16:11.657 ID:Qrmg+Mfz0.net
その日の休み時間。売店で昼食を買ってきたソーニャは窓から空を見て、つい足がすくんだ。
いつも帰路につく方向の地平線に、これまでに見たこともないような、黒くて厚い雲がわき上がっていたのだ。
午後の授業を受けているときも、なんとなく不吉な気配を覚えて顔を上げると、窓の外がどんどん暗くなっていく。

空を眺めると、黒い低い雲が空をおおい尽くそうとしているところだった。
それはまるで、特撮映画で巨大宇宙船が頭上を通過していくのに似ていた。
雲の中では、ときどき閃光がひらめいて、地鳴りにも似た雷鳴がとどろいた。

やがて大粒の雨が校舎や校庭をたたき始め、校門に面した道路で人々が逃げ惑うのが見おろせた。
下校時刻になるころには、すでに暗くなっていて、雲の状態はわからなかった。
ときどき雲の中で雷鳴がひらめくだけだった。

27 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 20:17:46.045 ID:Qrmg+Mfz0.net
あまりにも雨は強く、近くの河川が氾濫して洪水になっても不思議ではないほどの雨量だった。
突然の雨であったので、ソーニャは傘を用意していない。
タクシーを電話で呼び、自宅まで運んでもらうというわけにもいかねい。他人に潜伏場所を明かすことになる。

「じゃあうちに来なよ!ソーニャちゃん」

そう言ったのはやすなだった。帰り道は一緒であり、やすなのほうが家が学校に近い。
この天気の中歩いて帰るのは危険だから、今日はやすなの家に泊まろうという提案だった。
ソーニャは断ったが、嵐でテンションの上がったやすなは既に学校へタクシーを呼んでいた。
今日のソーニャは運よく仕事がない。タクシー代はやすなが二人分払わされた。

28 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 20:19:03.765 ID:QTdNMMTK0.net
https://pbs.twimg.com/media/CSUxiNqU8AA2PRQ.jpg:large

29 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 20:19:36.071 ID:Qrmg+Mfz0.net
タクシーを降りてから折部家の玄関まで走るだけで、二人はかなり濡れた。
二人はやすながひっぱり出してきたタオルで体をぬぐい、着替えをした。
ソーニャに用意された着替えはやすなの部屋着で、やはり天然素材の衣料だった。

「避雷針をつけてすぐ雷がくるなんて、ちょうどいいタイミングだったね」とやすなはいった。
いいタイミング―――というよりも、まるで誰かがはかったみたいだ、とソーニャは思った。

窓ガラスを大粒の雨がたたく。ときどき空の一角が白く光る。
まるで地を這うような低い雷鳴が、ほとんど切れ間なしに響いてくる。
やすなの親は電車が止まったせいで今日は帰ってこれそうにないと、震えたスマホを手に取ったやすながソーニャに告げた。

30 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 20:21:02.469 ID:Qrmg+Mfz0.net
ソーニャは窓から表をのぞいた。家の前の通りは広く、今は水が浮いて、川のように見える。
そのとき、空一面が白くなり、一筋の稲妻が浮かび上がった。
続いてバリバリとなにかを引き裂くような轟音―――。部屋の電気が消えて真っ暗になった。

振り向くと、さっきまでついていたテレビの画面が点になって消失するところだ。
料理をしようとやすながつけたガスレンジの青い火だけが鍋の底をなめている。

「ほかの家も消えてる?」とやすなはたずねた。
ソーニャは窓の外を見た。すべて消えている。ほとんど真っ暗だ。向かいの家さえ輪郭がはっきり見えない。

31 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 20:22:10.009 ID:Qrmg+Mfz0.net
「どこも停電だ」

「懐中電灯があるよ」

やすなは足元をさぐり、下の戸棚から懐中電灯を取り出す。
懐中電灯に照らされたリビングは、先ほどまでとはまったく違った雰囲気に見えた。

明かりをつけたり消したり、顔にあてたりしてふざけているやすなからソーニャは懐中電灯をとりあげた。
ソーニャにせかされたやすなはさらにろうそくも探し出してきて、火をつけるとテーブルの真ん中に立てた。

しょっちゅう窓の外が白く光り、部屋が明るくなる。雷鳴はほとんど間断なく続いている。
ときどき激しい音がして、びくりと反応しそうになる。

32 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 20:22:27.881 ID:QTdNMMTK0.net
http://i.imgur.com/lpMGA3x.jpg

33 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 20:23:30.026 ID:Qrmg+Mfz0.net
ソーニャは雨音と雷鳴を聞きながら、あぎりが売った避雷針のことを考えていた。
あぎりが小銭を稼ぐために妙な商売をするのはいつものことだ。
だが、無料でわざわざ取り付けにきたというのはどういうことなのだろう。

「おい、あぎりはきちんと工事をしたのか」

「だと思うけど」

「アースはちゃんとしたか」

「アースって?」

「電気を地面に流すために、電線の端を地面につなげることだ」

「電線は持ち出してたけど……」

34 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 20:24:33.800 ID:JiTC2i5a0.net
http://imgur.com/2GuHPfY.jpg

35 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 20:25:41.865 ID:Qrmg+Mfz0.net
「避雷針の場合なら、銅板を埋めるとかするはずだ。穴を掘っていたか」

やすなは首をかしげた。

「さあ、そんなことしてなかったみたいだけど」

ソーニャは不安になった。
落雷の瞬間には大量の電気が流れる。きちんとアースされていなければきわめて危険だ。
雷光も雷鳴もしだいに激しくなる。
ときどき、明らかに落雷と思われる、大地になにかをたたきつけるような激しい音がして、それがしだいに近づいてくる。
ソーニャは懐中電灯を手に立ち上がった。

「どうしたの」

「外に出て、避雷針がアースされているか見てくる」

36 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 20:27:21.769 ID:Qrmg+MfzH.net
「こんなときに外に出たら危ないよ」

「確認しないほうが危険だ」

ソーニャは傘を借りてさし、外に出た。雨は相変わらず激しい。
向かいの家の窓にぼんやりした明かりが見えるだけで、あとはすべて真っ暗だ。

ソーニャは家の裏に回り、懐中電灯で避雷針を照らしてみた。
しかし、取り付け箇所ははっきり見えない。
念のため、外壁を見ながら家の周りを一周してみた。
しかし、電線はどこにも取り付けられていない。

ソーニャは呆然とした。避雷針にはそうとう太い電線を使うはずだ。見落とすはずがない。
それに、電線は外壁を伝わらせるのが一番簡単だし、それ以外の方法など考えられない。

37 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 20:29:54.745 ID:Qrmg+Mfz0.net
ソーニャは家の中に戻った。雷鳴はしだいに激しくなる。
雷光と雷鳴の間隔も狭くなって、ほとんど同時と思えるほどになってきた。

やすなは怖がりながらも、この状況を楽しんでいる雰囲気がある。
避雷針があるからと思ってすっかり安心しているのだ。ソーニャの不安だけがますますつのった。

あぎりは電線を持ち出したという。しかし、外壁にはない。
となると、屋根に穴を空けて、家の中に引き込んだのだろうか。そんな面倒なことを本当にしたのだろうか?

38 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 20:30:32.979 ID:QTdNMMTK0.net
http://i.4cdn.org/a/1445927441519.jpg

39 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 20:31:56.110 ID:Qrmg+Mfz0.net
そのとき、やすなが窓の外を指差して叫んだ。

「見て! あんなとこが光ってる」

ソーニャが窓を見ると、向かいの家のテレビアンテナと屋根の端から、青い炎が出ている。
窓に近寄って見ると、ほかの家の屋根、電柱の頭、樹木の先端などからも炎が上がっている。
炎はかなり明るく発光して、しだいに大きくなってくる。
低い垣根のとがったところも光り始めた。
そして、窓のすぐ近くの低い木の先からも炎は上がり始め、激しい雨音にも負けず、しゅうしゅうという音が聞こえた。

「セントエルモの火……」とソーニャはつぶやいた。

40 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 20:32:30.158 ID:Qrmg+Mfz0.net
真っ暗な中であらゆるものの先端が青い炎を上げる光景を、二人はしばらくじっと見続けた。
ソーニャはふと我に返った。
これは落雷の予兆なのだ。
とすると、この家の避雷針に落ちる可能性がきわめて高い。
このあたりではいちばん高い位置にあるのだ。
そして、おそらくアースされていない。
ソーニャは恐怖に駆られた。もはや猶予はない。

「おい、ここを出るんだ」

やすなはいぶかしげにソーニャを見た。

41 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 20:33:08.291 ID:JiTC2i5a0.net
セントエルモの火(セントエルモのひ、英:St. Elmo's fire[※ 1][※ 2])は、悪天候時などに船のマストの先端が発光する現象。
激しいときは指先や毛髪の先端が発光する。航空機の窓や機体表面にも発生することがある。

42 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 20:33:34.279 ID:Qrmg+Mfz0.net
「ここの避雷針はおかしい。アースがない。落雷したら大変だ」

やすなはますます不審顔になる。

「わけなんかどうでもいい。今すぐ出るんだ」

「家から出たら危ないよ」

「いいから出るんだ!」

ソーニャの切迫した声も、やすなには通じない。

43 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 20:34:28.530 ID:Qrmg+Mfz0.net
そのとき、すぐ耳もとでシュウシュウという音がし、そして、やすなの頭から青い炎が上がり始めた。
部屋の棚の上、テーブルの上のとがったものからも上がった。

髪の毛が逆立った感じがする。
手の平を目の前にかざすと、指先からも音を立てて炎が上がる。
指や顔の皮膚がびりびりと熱くなる。

なぜ家の中でまで起こるのか。ソーニャの恐怖は極限に達した。
ソーニャは自分一人玄関に走り、そして、外に飛び出した。

44 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 20:36:57.488 ID:Qrmg+Mfz0.net
すっかり晴れたよい天気だ。やすなはふとんを干しに庭へ出た。
陽光がうららかに降り注ぐ。芝生や木の葉、隣家の屋根瓦など、目に入るものすべてが輝く。
空気までも輝いているようだ。
空気は新鮮でかぐわしい。微風が頬をくすぐっていく。

やすなはふとんを干したあと、庭の花壇の手入れをした。
このごろ植物の成長が早い。芝生も青々としている。

45 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 20:38:13.657 ID:Qrmg+Mfz0.net
やがて、あの屋台の立てる音が聞こえてきた。
やすなは玄関に回った。表に面した道を、あぎりが屋台を引いてやってくる。

「この前はどうもありがとうございました」とやすなは声をかけた。あぎりは屋台を止める。

「いいえ」

「本当にいいタイミングでしたね! おかげさまですべてうまくいきました」

「それはよかったです」あぎりはうなずいた。

46 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 20:40:11.774 ID:Qrmg+Mfz0.net
あの日、ソーニャは家から飛び出して走り出したところを、雷に打たれて死んだ。
警察からは、あの中を駆け出すなんて自殺行為だといわれた。

青空に白い雲がぽつりぽつりと浮かんでいる。
空気が澄んで、なにもかもがくっきりと見える。
風が通りを渡って、庭の木立ちと二人の髪をゆらしていく。
そこには一切の不純物が在りえなかった。

「大地も空気も生き返ったみたいでしょう」とあぎりはいった。

「はい。この町もほんとにきれいになりました」

「天然由来の雷の浄化力です」

「本当、なにもかもきれいになりました!」


終わり

47 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/10/31(土) 20:45:15.734 ID:qcQJalw10.net
つげ義春かよ

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