ダンボールに入った捨て猫見たことある？

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ダンボールに入った捨て猫というものを見たことがない。いや、ダンボールに入ったなど限定せずともと捨て猫自体を目にしたことがないのかもしれない。
そもそも捨て猫とはなんであろうか。
捨て猫というからには、誰かに捨てられなければならない。飼い猫であったのならば人間に、野良であったのならば母猫に捨てられて晴れて捨て猫となるのである。
そうして行く当てを失った彼らはたしかに捨て猫であろう。
しかし、我々が彼らを見かけて捨て猫であると確定する術はあるだろうか。
やせ細り毛の艶もなくなった猫と街中で遭遇すれば、捨て猫だという印象を抱くかもしれない。ただ、それはあくまでそう感じるというだけでしかない。
その猫の出自は実際のところはわからないままだ。
縄張り争いに敗れ餌にありつけぬまま彷徨っているだけかもしれない。
悪ガキどもに悪戯された古傷が癒えきらず満足に食べ物を探すことさえできないだけかもしれない。
なんらかの疾患によって身体が弱っているだけかもしれない。
猫がみすぼらしい姿を晒すはめになった理由を、道で行きあっただけの人間が知るわけもない。
すべては想像でしかない。いくら捨て猫然としていても、そいつか捨て猫かどうかは不明なのだ。
だからこそ、ダンボールと猫というセットが生まれたのだろう。
読者に捨て猫であると伝える手段がフィクションにおいては必要だ。
ダンボールやタオルという人工物を用いれば、それがかつて人間の手にあったことを示し捨て猫だと描写によって表現できる。
こうして、ダンボールと猫という組み合わせが捨て猫の記号となった。
それはフィクションの都合によって生まれたものだ。
ならば現実でそれを目にしなくてもおかしくはない。
だいたい、好奇心旺盛な猫が大人しくダンボール箱に収まっているとも思えない。
猫は箱を好むが同時に飽きっぽくもあるのだから、一箇所に留まっていはしないだろう。
そんな詮無いことを考えてしまったのは、我が家のクロが帰ってこなくなったからだ。
もともと野良だった黒猫なので、家に閉じこめておくのも悪い気がして半野良といった飼い方をしていた。
そのため、どこをうろついているのか一日二日家に戻って来ないなんてのはざらにあった。
しかし、それが一週間ともなるとさすがに心配せずにはいられない。
どこかで事故にあったのでは、野良の喧嘩に巻きこまれたのでは。
命を落としているかもしれない。
さまざまな可能性が脳裏をよぎり、その度に頭を振って嫌な想像を打ち消した。
そんな生活がつづいていると猫の姿に敏感になるものだ。
買い出しに出かけたおりなどに、視界の隅に猫を捉えれば自然と目で追うようになった。
あぁ、クロではないと落胆し、そして、この猫にも来歴があるのだなと彼の歩んできた道に思いをめぐらせる。
かつては捨て猫であった猫がたくましくも自然のなかで生き抜いて来た。
そんな生命の強さを物語るストーリーを空想しては、クロもどこかでと自らを慰める。
はじめのうちそ猫に頭が支配されたような暮らしをしていたが、時間が経つにつれクロについて考える機会は減っていった。
そして、いつしか諦めの境地に達しもう思い出となったころにそれは届いた。
宅急便で届けられたダンボールを開くと猫がいた。
クロだった。
おびえたように縮こまって動かなかったが、手を差し出すとしばらくにおいをかいでから前足を伸ばして来た。
私は思わずクロを抱き寄せ頬ずりをした。
クロの首にはいなくなったころと変わらず首輪がついていた。そうだ。首輪の裏にはこの家の住所が記してあったのだ。
親切なだれかが一時保護したのちに送り届けてくれたのだろう。
さてダンボールと猫の組み合わせである。
そして、私は一度クロについて諦めていた。気持ちの上では捨ててしまっていたのである。
これはダンボールに入った捨て猫と言えるのだろうか。