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ガヴ「月乃瀬ドロップアウト」
- 1 :以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします:2020/02/08(土) 16:34:28 ID:fjRNWrvD0.net
- あ、委員長久しぶり。髪切った? 似合ってるわよ。
月乃瀬さんは変わってないって……まあ、私はそういうの興味ないから。お金もないし。
え、ガヴ? ガヴだったら外の自販機までジュース買いに行ってるけど。呼ぼうか?
必要ない? わかった。そのうち戻ってくると思うから。
同窓会っていうから早めに集まると思ってたけど、そうでもないのね。
それで最近はどうなの?
へぇ、上野さんの所のお子さん産まれたんだ。名前は?
良い名前ね。委員長も口添えとかしたの? やっぱり。どことなく委員長の気配がするもん。
私? 私は……まあ、ぼちぼちってところかな。
大学卒業して……うん、夢破れて普通に働いてる。そうそう、広告代理店。
救いっていえば、ガヴが私の居場所を確保していてくれることくらいかしら。
おかえりって凄くいい言葉なんだって、大人になって気づけたぐらいだからね。
サターニャとラフィ?
二人とも家業を継いだみたい。
でも、あの味音痴のサターニャが、大評判のケーキ作るんだもの。私びっくりしちゃった。
ラフィも経営学部の経験とか生かして、浮き沈みしながら頑張ってるみたい。
忙しそうだけど、人のエグイ所を間近で見られるって嬉しそうにしていたわ。
あの性癖、本当に死ぬまで直らないのかしらね。
二人とも結構頻繁に会うけど、わりあい元気そうだから、心配はいらないと思う。
- 2 :以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします:2020/02/08(土) 16:35:19 ID:fjRNWrvD0.net
- 大学時代はなにしていたか?
あー……あんまりその辺りの話はしたくないのよね。
ちょっといろいろ拗らせていた時期があって。一年生の頃なんだけど。
聞きたいって? うん、そう言うと思った。
あ、ちょっと待って。ガヴからLINEだ。
……うわ、最低。
ああ、うん。ガヴには後輩の女の子がいるんだけど、
その子と久しぶりに会ったみたいだから、同窓会始まるまでちょっと話してくるって。
へ? 嫉妬なんかしてないわよ。……本当だってば、なんで疑うの。
天真さんが帰って来るまで、私の大学時代が聞きたい……か。
わかったわよ。このタイミングでこんなことが起こったのなら、
きっと大魔王様が私に話せって言っているに違いないわ。
……えっと、どこから話そうかしら。
かいつまんじゃえば、自分を正当化するだけの話なんだけど。
- 3 :以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします:2020/02/08(土) 16:36:21 ID:fjRNWrvD0.net
- ガヴにヴィーネって呼ばれていたのはいつくらいだったかな、と考える。
寝起きの頭ではうまく記憶を発掘できなかった。
電車のつり革広告では、ニュースでやっていた芸能人の不倫が大々的に報じられていた。
線路と線路の谷を車輪が踏みつぶす度に、薄い紙ペラは燃料を無くした飛行機のようにゆらゆらと揺れる。
内臓が押しつぶされそうな圧迫感に耐えながら、溶けて固まった蝋人形のような人たちを見回す。
蝋人形と例えたけど、この人たちからしてみれば、私の方が固まって見えるのだろうか。
『次はー、○○―、○○―。お降りの際は右側のドアが開きまーす』
聞き飽きた車掌の声が聞こえて、私はドア上部に取り付けてあるモニターを見上げた。
8時30分。9時から1限目の講義が始まるから、少し急がなくちゃいけない。
「……行ってきます」
誰にともなくそう告げて、私は電車を降りた。
- 4 :以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします:2020/02/08(土) 16:37:16 ID:fjRNWrvD0.net
- 大学生になってから気付いたことがある。
一人で学食のご飯を食べるときも、堂々としていれば存外注目を集めないのだ。
他の大学生と同じくお金がない私からしてみれば、お昼ご飯代が軽くなるのはとてもありがたい。
他のお店ではカレーが800円だったのに、学食だったら300円だ。
500円の差はとても大きい。1か月だけでも15000円も節約できる。
お金を溜めてやりたいことなんてないけど、
頭のなかで如何に生活費を削るかを考えていた高校時代の癖が、今になっても抜けていなかった。
トレーを返却口に流してから、私はロビーの適当な場所を陣取った。
カバンからさっきの講義で使ったノートを取り出して、要点をまとめながら脳内で授業をエミュレートしていく。
次の講義まで一時間半もあったから、ロビーは割とにぎわっていた。
周囲には二人か三人で築き上げられた小島がたくさん浮かんでいるが、私だけ離れた島嶼部と化していた。
それぞれの視界に私はいないことはわかっているが、閉じ込められたような心地になってしまう。
イヤホンでも持って来ればよかったと後悔した。
暇を持て余した生徒たちの喧騒が邪魔して、上手に集中の世界へ入り込むことができない。
お手洗でも行こうと立ち上がった。
隣のカップルが私を見る。
目的地に向かう足が、小走りになった。
- 5 :以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします:2020/02/08(土) 16:39:05 ID:fjRNWrvD0.net
- 大学で一日のカリキュラムを終えると、その足で近場の飲食店へ向かった。
全国にチェーン展開してあるファミレスで、名前を言えば大体の人が「ああ、あの店か」と認識できるレベルで有名だ。
おすすめメニューはチーズインハンバーグと言えば伝わるだろうか。
日が傾いて、店内はにわかに夕食時の騒がしさを見せ始めた頃合いだった。
顔と名前しか知らないアルバイトの面々が、どこか殺気立った表情で厨房とホールを行き来している。
さっさと仕事しろよバイトが。私を一瞥した社員の笑顔が、言葉よりも雄弁にそう命令している。
飲食業界の常として、ここも人手が足りないのだ。
忙しさと行き詰った倦怠感のカクテルを強制的に飲まされ続け、厨房は常に表面化されない殺気に覆われていた。
下を向いて事務室へ向かおうとする私の姿を、店長が目聡く発見する。
アクリルで作られたみたいな営業スマイルを浮かべると、無遠慮にズカズカと歩み寄ってきた。
若干気圧されながらも、何とか会釈する。
「おはようございます」
「おはよう。えーと……あ、月乃瀬さんだ。さっそくだけどホール入れる?」
「はい」
仕事が減ることを喜んだ店長は、見るからに機嫌が回復した。
私はドアの横に引っ掛けてある鍵束のなかから事務室の鍵を探し出すと、
立てつけの悪い扉を力任せにこじ開けた。
- 6 :以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします:2020/02/08(土) 16:39:57 ID:fjRNWrvD0.net
- どこからかわからないけど、事務室はペットショップみたいな臭いが漂っている。
うんざりした気分が増長させられるので、いい加減店長には芳香剤でも置いてもらいたいものだ。
顔をしかめながら、制服が収納されているクローゼットに向き合った。
掃除用具入れみたいなクローゼットには、何枚かカーディガンが並んでいた。
それでもうすぐ秋かと思い出す。
最近の私は、曜日の感覚だけは強くなるけど、今は何月だと聞かれると一瞬だけ詰まってしまっている。
気がそぞろな証拠だと毎回自分を戒めるが、効果は一向に現れなかった。
私の制服に、隣の制服の香水臭が移ってしまっていた。
このあからさまなまでに作り物の香りはあまり好きではない。
布団を干した後のお日様の香りの方が、何倍も良いと思っている。
それでも規則として決められている以上、すぐにでも首を切れるアルバイトに過ぎない私には、あたりまえだが抗う権利なんてない。
だからこんなことを考えるのも筋違いなのだ。
せめてうわべだけでもやる気を出そうと考え、ポケットからスマホを取り出した。
もう何回も繰り返した手つきでアルバムを起動すると、卒業式の写真を表示させる。
そこに映っている四人を見ると、私の身体に血が通っているのを感じられた。
- 7 :以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします:2020/02/08(土) 16:41:16 ID:fjRNWrvD0.net
- 脳には千数百億個も脳細胞があるらしいが、
こうして単純作業を繰り返しているうちに大半が死んでいくのだろうなと考えると、
やっぱりもうちょっと多くてもいいんじゃないかと思う。
ホールでウェイトレスの舞踏を繰り広げ、手が空いたら洗い物を片付ける。
新人らしい女の子に流れ作業を教え、今日も欠勤したパートのおばさんの分の仕事まで片付ける。
幼い子供が眠りに就くくらいの時間になったら、ようやっと私の拘束は解かれる。
「えー……つき、あ、そうだ。月乃瀬さんだ。
今村さんの代わりに水曜夕勤入れる?」
コートを着た私のもとに、店長がやって来た。
いつになったら名前を憶えてくれるのだろう。
「すみません。その日は補講があるんで難しいです」
「そっか。じゃあごめん」
悪い職場じゃない。
昨今ニュースなんかで騒がれているノルマ問題とかパワーハラスメントなんてものはないから、
間違ってもブラックバイトなんかじゃないだろう。
ただ互いに無関心と嫌悪の空気が漂っているだけ。
人によってはそれがありがたかったりするのかな、なんて考えたりする。
もう一度スマホの写真を見てから、私は職場を後にした。
- 8 :以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします:2020/02/08(土) 16:42:23 ID:fjRNWrvD0.net
- 大学からアパートまでだいたい三十分くらい電車に揺られる。
人は多くて座るスペースはないけれど、
一回だけ行ってみた渋谷とか池袋辺りの電車と比較すると、
これでもだいぶ空いている方なのだろう。
入口付近に寄りかかって、おととい買った文庫本に目を落とした。
どこかのアニメ映画の女の子が言っていたけれど、本というものは孤独の耐久値が高いらしい。
それがどういうものなのか、私は観念的にしか理解できないけれど。
活字を追っている内に眠気が頭まで登って来て、うっかり欠伸を漏らしてしまった。
化粧の濃いOLが噴き出したのが見えた。
そういえばスマホのライトには、太陽光と似たような成分が含まれていて、
長時間浴びていると眠気が上手くやってこなくなるのだと聞いたことがあった。
チラリと次の駅の表示を見てみれば、ホームタウンまで五駅ていどの時間が残っている。
スマホの電源を入れ……そこで止まってしまった。
インターネットの掲示板なんかを見る趣味もないし、話題のソーシャルゲームなんかもすぐに飽きて止めてしまった。
ウィキペディアで雑学を仕入れることは疲れ切った頭じゃ難しいし、音楽を聴くにしてもイヤホンを忘れてしまった。
消去法的にアルバムを開くことになった。
- 9 :以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします:2020/02/08(土) 16:43:39 ID:fjRNWrvD0.net
- 無心で自分の足跡をスクロールする。
卒業旅行でバスに乗って、夢の国まで行った写真があった。
ダミ声で話す珍妙なアヒルにサターニャが喧嘩を売ってしまい、ちょっとした騒動になったことを思い出した。
高校時代私が暮らしていたアパートの写真があった。
もう一年近く前のことだから、とっくに新しい入居者の領域となっているだろう。
難関大学に受かったと喜ぶラフィの写真があった。
普段から食えない笑みばかり浮かべているラフィが、なんと目頭に涙を浮かべ、不器用な笑顔をつくっていた。
「……あ」
そこで、さっきの写真にたどり着いた。
卒業証書の筒を持った四人の少女が、後輩の天使が構えるカメラに向かっている。
みんな笑っていた。金髪のちんちくりんだけは、いつもみたいに仏頂面だったけれど。
次の写真。
春爛漫という三文字を具現化したかのような、満開の桜が映っていた。
私は王様の秘密を知ってしまった従者みたいな気持ちになって、アルバムを強制終了させた。
『次は〜、○○〜、○○〜。お降りの際は左側のドアが開きます』
ホームタウンに着いた。
電源を急いで消して、スマホをポケットに仕舞う。
お米がなくなりかけていたから、ちょっとコンビニで買っていくことにしよう。
売ってたらだけど。
- 10 :以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします:2020/02/08(土) 16:45:54 ID:I6a8Smth0.net
- 後で読むわ
- 11 :以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします:2020/02/08(土) 16:47:36 ID:fjRNWrvD0.net
- 「ちょっと取りたい資格が出来たんだよね。天界でさ」
卒業式の日。ガヴはふとそう言った。
「だから、うん。来週あたりで天界に帰ることにしたよ」
思わず卒業証書を落とした。
いったい私はどんな顔をしていたのだろう。私を見たガヴは苦笑すると、
「おいおい、そこまでかよ。大丈夫だって、永遠の別れじゃないんだからさ」
「でも」
「ヴィーネはさ、待っていてくれる?」
待つとは、どういうことだろう。
ただ、その時の私は、ただガヴを視界から消したくなくて手一杯だった。
だから、肯定の感情に嘘はない。
「当たり前でしょ」
ガヴは、まるで罪が許された罪人のように瞳を閉じると、
「心配しなくていいよ。あっという間だからさ」
茶化すように言うと、苦笑は微笑へ変化した。
「はやく帰ろうぜ」
ガヴは普段と変わらない様子で言ってのけると、桜並木の川を渡る。
どんどん遠ざかっていく背中を前にして、私は我知らずのうちにスマホのカメラモードを起動していた。
ガヴが視界からいなくなってしまう前に、この箱の中に収めておかなくちゃいけないという、
焦燥感に似た感覚があったのだけははっきりと覚えている。
- 12 :以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします:2020/02/08(土) 16:49:06.283 ID:fjRNWrvD0.net
- カメラレンズを、小さい背丈に合わせた。
卒業式という晴れやかな日だというのに、腰まである長い金髪はボサボサだ。
幾重にも絡み合って、きっとほどくのに結構手を焼くのではないだろうか。
それは安心感だった。
最初にあったガヴだったら、きっと髪の毛が絡まるなんてことはないだろう。
天界に戻ったら、ゼルエルさんが正すのかな。
それは危機感だった。
彼女の髪を梳くのは私の日常だった。
「頼むよヴィーネ」
「仕方ないわね」
たった二言の掛け合いだけど、高校生の頃と聞かれれば、それしか答えようがなかった。
レンズを背中に合わせて、撮影ボタンに触れようとして、
とうとう私は、撮りたい者を映すことができなかった。
きっと応援したい気持ちと、寂しい気持ちがない交ぜになっていたのだろう。
引き止めればよかった。今日もそんな益体のない考えに縛られる。
懐かしい後悔の夢から目が覚めると、私の手の中には温められた金属質があった。
それが今では効力を無くした合鍵だと気づいた瞬間、
どうしようもない自己嫌悪に襲われそうになる。
かけ布団を頭から被って、ガヴの真似をしてみたりする。
やがてアラームが鳴って、月乃瀬として活動を再開しろと急かされた。
- 13 :以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします:2020/02/08(土) 17:32:20 ID:Bhh6hLRj0.net
- は?続きは?
- 14 :以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします:2020/02/08(土) 17:49:31 ID:66ELo8BX0.net
- キツイ。胸が締め付けられるのが癖になる
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